大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成3年(ワ)9950号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

布施裕

被告

医療法人乙川会

右代表者理事長

丙山和夫

右訴訟代理人弁護士

竹村仁

主文

一  被告は、原告に対し金三三万円及びこれに対する平成七年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一〇九八万七三一三円及び内金七六八万七三一三円に対する平成三年一二月一三日から、内金三三〇万円に対する平成七年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事実の概要

一  概要

本件は、被告が開設する病院において、左下腿骨骨折の治療のための手術を受けた原告が、被告に対し、(一)同病院の病院の担当医師が手術前に滅菌措置を十分に行わなかったために化膿性骨髄炎に罹患したとして、主位的には診療契約の債務不履行、予備的には不法行為(民法七一五条の使用者責任)により、治療費等別表記載の損害金合計七六八万七三一三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成三年一二月一三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、(二)本件手術前に右病院の担当医師が原告に対しその諾否を決定するために必要な事項の説明をしなかった行為及び術後に化膿性骨髄炎に罹患した可能性のあるのが判明した後にこれを原告に説明しなかった行為が説明義務違反に該るとして、診療契約の債務不履行により、慰謝料三〇〇万円と弁護士費用三〇万円の合計三三〇万円及びこれに対する支払い催告後(平成七年六月二二付原告準備書面送達後)の平成七年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。

二  争いのない事実等

1  原告は、平成三年二月一一日(以下年号の記載のない場合は平成三年を表す。)、左下腿骨を骨折し、その治療のため、同日、被告が開設するA病院(以下「被告病院」という。)で診療を受けた。そして、同日原告と被告との間において被告が右骨折の診療を行う旨の診療契約が成立し、原告は被告病院に入院した(争いがない。)。

2  原告は、二月一五日、被告病院に勤務する丁田正医師(以下「丁田医師」という。)より右骨折治療のため骨折部に髄内釘を入れて固定する手術(以下「本件手術」という。)を受けた(争いがない。)。

3  原告は、三月七日に被告病院を退院し、六月一〇日まで被告病院に通院したが、その間の五月七日及び同月一三日被告病院で診察を受けた際、患部に腫脹が認められたことなどから、患部の切開、排膿、洗浄を受けた(争いがない。)。

4  原告は、六月一三日から国立大阪病院に通院するようになり、八月二一日同病院において、化膿性骨髄炎のため、前記髄内釘抜き取り、病巣掻爬及び持続チューブの留置手術を受けた(〈証拠省略〉)。

三  争点

1  本件手術前のおける被告病院の担当医師の感染防止措置についての過失ないし債務不履行の有無

(一) 原告は、原告が化膿性骨髄炎に罹患したのは、本件手術の際の手術器具あるいは髄内釘等の滅菌措置が不完全であったためである旨主張する。

(二) 被告は、本件手術に際し、手洗いによる手指の消毒、術野の消毒、手術器具の消毒等感染予防のための清潔手術に対する配慮を十分に施したものであって、被告に過失ないし債務不履行はない、仮に原告の化膿性骨髄炎が本件手術に起因して発生したとしても、手術による感染を完全に防止することは不可能である旨主張する。

2  本件手術前及び術後における被告病院の担当医師の説明義務違反の有無

(一) 原告は、原告と被告間の診療契約に基づき、被告は原告に対し、診療の結果判明した病状に応じて、本件手術に先立ってその諾否を決定するに必要な事項を説明する義務及び手術後に不本意な結果が発生した場合には患者に対して遅滞なくその経過を説明し、納得を得るために弁明をしなければならない義務があるにもかかわらず、これを怠った旨主張する。

(二) 被告は、原告に対して、十分な説明をなしており、説明義務違反は存在しない旨主張する。

3  損害額

第三  判断

一  争点1(本件手術前における被告病院の担当医師の感染防止措置についての過失ないし債務不履行の有無)について

〈証拠省略〉によれば、以下の事実が認められる。

1(一)  原告は、二月一一日、スケート場で転倒し、同日午後二時一五分ころ、被告病院において、B医師(同日の日直医)の診察を受けたところ、レントゲン撮影により、左下腿部の脛骨及び腓骨の骨折が判明したため、同日被告病院に入院した。

B医師は、入院当日、骨折部をシーネ固定し、疼痛時には坐薬を投与することを指示した。

(二)  原告の担当医となった丁田医師は、同月一二日、原告を診察し、他覚的所見として、左下肢の腫脹が著明であるが、知覚障害及び運動障害はなく、前日撮影のレントゲン写真の像からは左脛骨の中下三分の一の部分及び腓骨の近位に骨折があり、腓骨に転移(骨のずれ)があると診断し、手術までの間骨折部の安静と転移の整復の目的での介達牽引及び消炎鎮痛剤としてトキソニンの、抗腫脹剤としてのゼオエースの投与を指示した。

2  二月一五日、丁田医師ほか介助医二名及び看護婦四名によって、本件手術が行われた。

原告は、同日一時に手術室へ入室し、原告に対し午後一時二〇分に腰椎麻酔が行われ、丁田医師は、午後二時に手術を開始し、膝蓋靭帯内側に約五センチメートルの皮膚切開を加え、脛骨結節の一横指内側にドリルで穴を形成し、これをスターターで拡大した後、透視下で骨折部を徒手整復して、ガイドピンを刺入し、直径九ミリメートルから一四ミリメートルまで拡大した後、髄内釘を打ち込み、次に髄内釘の横止めのために螺子を近位及び遠位に入れ、釘刺入部及びネジ釘刺入部の皮膚切開を加えた場所をそれぞれ洗浄したうえ、皮膚縫合をして同日午後四時一五分ころに手術を終了した。

3(一)  本件手術が行われた翌日の二月一六日の原告の症状は、左下腿部に強い腫脹、熱感、軽度の発赤が認められたものの知覚運動障害はなく、同月一八日には熱感が認められたが、創部は良好で腫脹はやや軽減し、同月一九日には熱感は軽減し、その後三月一日にかけて腫脹が徐々に軽減したため、それまで行われていたブラウン架台での左足の挙止を止めた。また、二月二〇日の血液検査の結果では、赤沈値及びCRP値は炎症があることを示していたが、白血球は正常値の範囲内であり、その後、同月二二日、二三日、二七日及び三月一日に行われた血液検査のCRP値の炎症所見はいずれも陰性であった。

(二)  本件手術の措置として、丁田医師の指示により、原告に対して、感染予防のための抗生剤としてセファメジンを、手術当日である二月一五日には二グラムが、翌一六日から一九日までは日に四グラムが、二〇日から二五日までは日に二グラムが各投与された。

(三)  原告は、三月七日に被告病院を退院したが、その際、丁田医師は原告に対し、松葉杖を使用する免荷歩行を指示した。

(四)  原告は、退院後被告病院に通院し、治療を受けた。三月一八日の退院後最初の丁田医師の診察を受けた際には、左下腿部に軽度の腫脹があったが、圧痛、発赤及び熱感はなく、レントゲン像からも異常は認められなかった。また、同月二八日に原告は、前日に水泳中、左膝をひねったとして、被告病院で丁田医師の診察を受けたが、その際にも左膝内側横止め釘刺入部に軽度の腫脹が認められたが、発赤及び圧痛はなかった。

(五)  しかし、四月八日には腫脹が強くなり、圧痛及び熱感が出現したため、丁田医師らは、原告に対し、抗生剤としてタリビットを、消炎鎮痛剤としてロキソニンを投与した。さらに同月一八日には発赤も認められるようになり、同月二五日になっても症状が軽減しないため、丁田医師は抗生剤をセフスパンに変更し、併せて湿布薬としてアクリノール液を投与したが、同日撮影のレントゲン写真からは異常が認められなかった。

(六)  五月七日の通院時には、横止め釘刺入部のうち近位部の腫脹部に波動が認められたため、腫脹部の切開、排膿及び洗浄が行われたが、同日の血液検査の結果によると、赤沈値及び白血球数は炎症所見を示していたものの、CRP値の炎症所見は陰性であり、同月九日採取された浸出液についての細菌培養検査によっても細菌は検出されず、同月一一日のレントゲン撮影によっても、異常所見は認められなかった。

丁田医師は、同月九日から原告に湿疹が出現した同月二一日まで抗生剤であるパンスポリンを点滴投与した。

(七)  五月一三日には横止め釘刺入部のうち遠位部の腫脹、波動、発赤及び熱感が認められたため、波動のある部分の切開、排膿及び洗浄が行われたが、その際及び同月一七日に採取された膿についての細菌培養検査では、いずれも細菌は検出されなかった。

(八)  五月二三日には横止め釘刺入部の近位部に腫脹及び波動が認められたため、丁田医師は患部の切開、排膿及び洗浄を行い、同月二五日から同年六月一日まで抗生剤であるフルマリンを点滴投与した。

(九)  原告が六月一〇日に被告病院のC医師の診察を受けた際、横止め釘刺入部に腫脹及び波動があったが、発赤及び圧痛は認められなかった。原告は、被告病院の診療に不満を持つようになり、同月一一日に尾池整形外科の尾池洋一郎医師の診察を受けたところ、同医師は原告の症状につき骨髄炎の疑いをもち、原告を国立大阪病院整形外科の越川亮医師(以下「越川医師」という。)に紹介した。右紹介状には、尾池医師の見解として、原告の症状には骨髄炎の疑いがある旨記載されていた。

4(一)  原告は六月一三日に国立大阪病院で越川医師の診断を受けたが、その際、手術部位に腫脹及び波動が認められたため、同医師は臨床所見から初診時の暫定診断名として左下腿骨慢性化膿性骨髄炎の疑いと診断したが、同日行われた細菌検査の結果からは細菌は検出されず、血液検査結果からも血沈値の充進以外には特に異常が認められなかった。

その後、原告は、同月二〇日、二七日、七月二五日、八月一三日に同病院に通院し、同月一三日には、波動が認められたが、同日採取された膿についての細菌培養検査の結果は陰性であった。

(二)  原告は、八月一五日に国立大阪病院に入院し、同月二一日、前記髄内釘の抜き取り、病巣掻爬及び持続チューブの留置の手術が越川医師により行われた。

右手術の際に骨折部の髄内から排出された膿様物質及び周囲の組織についての細菌培養検査の結果、グラム陽性悍菌であるプロピオンバクテリウムが検出されたため、左下腿骨折後化膿性骨髄炎と確定診断された。

(三)  手術後、九月一〇日まで持続洗浄がなされ、原告は、同月二六日国立大阪病院を退院した。

5  原告は、二月一一日以前に、骨髄炎により病院で治療を受けたことはなかった。

以上の認定事実に、〈証拠省略〉を合わせると、原告は本件手術ないしその後の治療の際に感染し、通常の場合と比較して緩慢な経過をたどって左下腿骨化膿性骨髄炎に罹患したものと認められる。

ところで、丁田医師としては、本件手術に際して、原告が骨髄炎等の感染症に罹患しないように細菌による感染を防止するため、自己、手術の介助者及び原告の身体、手術道具等を洗浄するなどの感染防止の措置をなすべき義務があると解されるところ、〈証拠省略〉によると、丁田医師は、本件手術をいわゆるクリーンルーム(空気中に存在する細菌を最小限に抑える目的、機能を備えた手術室)で行い、術後の措置として原告の左下腿部等の剃毛と清拭をし、術野の消毒として左鼠蹊部からやや上までポピドンヨード(イソジン)で数回消毒し、その周囲を清潔な覆布で覆い、さらに左下腿と下肢全体をストッキング様のストッキネットで手術野以外が出ないように覆ったこと、手術器具及び本件手術に使用した髄内釘についてはガス滅菌し、透視用の機械は覆布でくるみ、さらに手洗いとしてブラッシングともみ洗いを数回行い、手術着と帽子、マスク、手袋を付けて本件手術を行ったこと、右のような手術器具の滅菌、術者の消毒等の方法は感染防止措置として一般に行われている相当なものであって、問題とすべき点はないことが認められ、右認定事実によれば、丁田医師は、本件手術に際して、クリーンルームの使用、術野の消毒、手術器具等の滅菌、術者の手術時の手洗などの感染防止の措置を十分に行っていたものということができるから、丁田医師の行為に過失ないし債務不履行があったということはできない(鑑定の結果によれば、丁田医師の前記認定のような術後感染症に対する措置は当時の臨床医学の実践における医療水準に照らし適切なものであったと認められるので、この点についても丁田医師に過失ないし債務不履行があったということはできない。)。

なお、原告は、原告が本件手術により化膿性骨髄炎に罹患した以上、丁田医師の本件手術の際の滅菌措置は不完全であったといわざるを得ないと主張するが、〈証拠省略〉によれば、本件手術のような観血的方法による場合、常在菌が骨髄炎の起因菌となり得るのであるが、現在の医療技術によっては、人体そのものを無菌的にすることができず、消毒薬として通常使用されるポピドンヨード(イソジン)も完全滅菌を期待しうるものではなく、また、クリーンルームの使用によっても手術室を完全に無菌状態にすることができないため、手術による感染を完全に防止することは不可能であることが認められる。したがって、原告が本件手術の際に感染し、骨髄炎に罹患したとしても、そのことから直ちに丁田医師の本件手術の際の滅菌等の感染防止の措置が不完全であったと推認することはできない。

二  争点2(本件手術前及び術後における被告病院の担当医師の説明義務違反の有無)について

1  医師が患者に対し、手術のような医的侵襲を伴う治療を行う際には、診療契約に基づき、緊急を要し、時間的余裕がない等の特段の事情がない限り、患者において当該治療行為を受けるか否かを決定する前提として、患者に対し、その症状、治療の方法・内容及び必要性、その治療に伴い発生の予測される危険性、代替的治療方法の有無・予後等について、当時の医療水準に照らし相当と認められる事項をできるだけ具体的に説明すべき義務がある。

2  前記認定の事実に、〈証拠省略〉を合わせれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告の骨折は非開放性骨折であるところ、その治療方法としては、本件手術のように身体に医的侵襲を加える観血的方法と医的侵襲を加えない非観血的方法とがある。

原告の骨折部位は、前記のとおり左下腿の脛骨と腓骨にあり、脛骨についてはその中下三分の一のところにあって骨癒合がなされ難く、また、転移もあったことから非観血的方法よりも観血的方法が適していた。そして、原告も出来るだけ早期の回復が期待できる治療を期待していた。しかし、観血的方法による場合には、前記のとおり、相当の処置を講じたとしても、現在の医療技術及び水準においては、手術の際における細菌感染を完全に防止することはできず、約1.5パーセントの割合(約二〇〇人に三人の割合)で感染する可能性があった。そして、一度感染が生じた場合にその鎮静化に失敗すると、大きな骨欠損を伴う難治性の感染性偽関節となったり、最悪の場合には感染の制圧を図るために足を切断しなければならない事態となることも予測された。

他方、原告の骨折に対する治療として非観血的方法によることも十分可能であり、その場合には観血的方法による場合とは異なって感染による骨髄炎の発症は殆ど考えられなかった。

平成三年当時の臨床医にとっては、右の点は周知のものであった。

(二) 前記のとおり、原告は、二月一一日被告病院に入院したが、本件手術がなされたのは四日後の同月一五日であって、右手術について緊急性はなく、被告病院の担当医師の右手術についての同意を得るに際しての原告に対する説明義務を軽減させる事情は存在しなかった。

(三) 久保田医師は、二月一四日原告とその妻に対し、本件手術について同意を得るに際して、(1)治療方法としてギプスをして骨が癒合するのを待つ方法もあるが、左下腿の脛骨と腓骨に骨折があり、左脛骨の中下三分の一の骨折部分は骨癒合が悪いうえ、転移があるため手術の方がよいこと、(2)手術の方法としては、骨癒合のためと感染の機会を最小限に抑えるためになるべく骨折部を切開しないで髄内釘を入れ、持続的にレントゲン像を見ながら手術を行うこととするが、骨折部の整復ができない場合にはその部分に小切開を加えること、(3)髄内釘にはネジにより回旋を防止するための横止めをすること、(4)麻酔は腰椎麻酔で行うが、それによる種々の合併症の危険があることを説明した。

しかし、本件手術のような観血的方法による場合には細菌感染が生ずる可能性があり、その場合にこれを鎮静化できない時は骨髄炎に罹患し、重大な結果が発生する危険性があることを説明しなかった。また、非観血的方法によった場合の危険性の有無及び予後についても具体的に説明しなかった。

(四) 原告にとっては、本件手術によって骨髄炎に罹患したのは予想外の出来事であった。

右認定の事実によれば、原告の骨折は非開放性骨折であるところ、その治療方法としては本件手術のような身体に医的侵襲を加える観血的方法と医的侵襲を加えない非観血的方法があり、原告の骨折部位等からすれば観血的方法がより適していたとはいえるものの、非観血的方法によることも十分可能であるうえ、観血的方法による場合には非観血的方法による場合とは異なって約1.5パーセントという無視できない割合(約二〇〇人に三人の割合)で細菌感染が生ずることを避けることはできず、その場合に鎮静化に失敗すると骨髄炎に罹患し、難治性の感染性偽関節等の重大な結果が発生する危険性もあるのに、被告病院の丁田医師は、本件手術に先立って、原告に対し、本件手術をする理由・方法・麻酔の方法・その危険性について説明しただけで、原告が本件手術の諾否を決定するについて最も重要と考えられる観血的方法によった場合の細菌感染に伴う危険性及び非観血的方法によった場合の感染の危険性の有無・その予後については(医術の専門家である医師としては、素人である患者に対し、二つの治療方法が存在する場合には、両者の利害得失を危険発生の可能性等をもとにして、患者がその選択をなし得る程度に具体的に説明する必要がある。)、その説明を容易になし得るのに、手術方法(観血的方法)を説明する過程で若干言及したものの、具体的な説明をなさなかったものというべきであって、適切な説明義務を尽くさなかったものと認められる。

3  術後の説明義務違反について

前記認定の事実に、鑑定の結果を合わせると、本件手術後、原告が国立大阪病院に転院するまでの間、丁田医師は、創部を処置し、感染症に対する予防及び治療のために抗生物質の投与を継続したうえ、炎症の血液学的検査、膿の細菌培養検査、骨折部のレントゲン検査をしながら経過観察を続けていたこと、原告の症状からは感染の持続が窺われたものの、増悪は認められなかったこと、丁田医師の術後感染症に対する右処置は当時の臨床医学の実践における医療水準に照らし適切なものであったことが認められる。

右認定の事実によれば、丁田医師は、本件手術後、原告が国立大阪病院に転院するまでの間、感染について経過観察を続けていたものであって(その処置は適切なものであった。)、その間に、原告に対し、骨髄炎に罹患している可能性を説明すべき義務があったものということはできない。

三  争点(損害額)について

1  慰謝料

前記認定のとおり、本件手術によって感染の可能性があり、これによって骨髄炎に罹患する事態も予測できたところ、原告は、観血的方法によるかあるいは非観血的方法によるか、いずれかを選択する余地があったにもかかわらず、丁田医師が本件手術前に必要な説明を尽くさなかったためにその選択の機会を奪われたものというべきであり、その精神的苦痛を慰謝するには三〇万円をもって相当と認められる。

2  弁護士費用

原告が本訴の追行を原告訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであるところ、本件事案の内容等諸般の事情を考慮すると、前記説明義務違反と相当因果関係のある損害としての弁護士費用の額は三万円と認めるのが相当である。

第四  結論

よって、原告の本訴請求は、診療契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき三三万円及びこれに対する平成七年六月二二日付原告準備書面送達後であることが記録上明らかな同月三〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大谷正治 裁判官牧賢二 裁判官中田幹人)

別表損害金明細書〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例